サボりすぎですね・・・小生は。
まー、元ネタそのものには静観を決め込んでいるのだが、この記事を読んで少しこの准教授に違和感を覚えたので触れてみる。
■「国は復讐代行業になった感じ」
その追記「元少年に死刑判決」で、瀬尾准教授は、日本の刑事裁判が被害者遺族の報復の手段になったという意味で、歴史的な判決になったと主張。この事件をきっかけに、「国は復讐代行業になった感じ」と述べた。
なんかおかしくないか?
元々、刑事制度自体は、国家が国民から「個人による復讐」を奪う(私闘の禁止)というところにも出発点を持っているわけで、そもそも「復讐代行業」という側面があるのは当然だ。
被害者感情に過度に傾いた判断がされることが好ましいと言えるのか、という問題があるのは確かだが、かといって、前例主義に過度に依存する現状も好ましいとは思えない。
刑事制度には犯罪抑止という側面もあり、時代の変化によって犯罪の内容・深刻度も変化する以上、殺めた人数とか犯行時の年齢とか、判断の閾値を修正することは必要ではないのか?
そういう観点についてはあまり触れずに、言いたいことを言っているのが、この准教授がマトモではないように感じさせるのかもしれない。
対して、本村氏がアカヒ新聞記者の質問に対して答えた中で、
~~そこを今回、乗り越えたことが非常に重要でありますし、裁判員制度の前にこういった画期的な判例が出たことが重要だと思いますし、もっと言えば過去の判例にとらわれず、それぞれ個別の事案を審査し、その世情に合った判決を出す風土が生まれることを切望します。
と言っていたのには割と素直に共感できる。本村氏は、准教授と比べると反対論を考慮した上で自分の立ち位置を規定しているように見えるからだ。
尤も、この判決自体が“裁判員制度の前に”というタイミングであるのは出来すぎな感じがするが。
これが、単なる偶然なのか意図的なものなのかは知るよしもない。弁護団の仕事が人権派のプロパガンダなのかそうではないのか、検察の仕事こそ実はプロパガンダなのではないか、といったこともマスコミからあるいはインターネットから与えられる情報が全てだと思い込んでいる“幸せな”一般国民にはわからんわけですしね。
国民は踊るよ、小生も踊るよ、目に見えない糸に繰られて・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)





















































最近のコメント