軍事力×話し合い
まず、
小生は、軍事力必要派でもなければ、軍事力不要派あるいは軍事力無くせる派でもありません。
これは前回のエントリーの最後に書いた文章です。
軍事力マンセーな方をイカレポンチだと思ってますが、軍事力不要とか無くせるといった方にも懐疑的です。
実体として、軍事力を無くす実装可能な手法が明らかでないからです。
もし、そういった手法が存在するならば、たとえ机上論でも良いので是非知りたいと思っております。小生の中でそれが十分に実現可能なものだと判断できたならば、喜んで軍事力無くせる派になりますし、軍事力不要派になりましょう。
あ、誤解しないでくださいね。上にも書いてありますが、現時点の立場は、軍事力必要派でもありませんので、二極論的に捉えないでくださいね。
ベスランの学校人質事件は、とても痛ましい事件でした。被害者の方の冥福を心からお祈りします。
さて、この事件に関して、テロへの憎悪、戦争反対論がblogを駆けめぐってます。そして、それは正しい反応でしょう。
そこで、敢えて問いたい。この事件は「話し合い」で解決できたのでしょうか?
小生が、常日頃から疑問を抱いているのは、テロと戦争を区別して考えることは変であるということです。
どちらも、軍事力による凶行であることに変わりはなく、規模の大小、ターゲットが何かという観点でしか相違点が語れないのです。
なんと言っても、実際に凶行を実行する末端の兵士は、どちらの場合も命令に従っているだけです。テロの場合には、個人の信条というものも深く関わっていると思われますが、軍隊において作戦中に命令拒否をするということは、あってはならないことですから、強い信条をもって命令に従うということはないかもしれないけれども、任務には忠実にあたるでしょう。
すると、結局、テロリストだろうとどこかの国家の軍隊だろうと、それは「軍事力」という概念では等価なのではないでしょうか?
しかも、この事件に関して言えば、テロ活動を行っているのは、元を辿ればチェチェンの武装勢力です。
これは単なるテロではなくて、戦争ではないのですか?
そういう観点でみると、「あなた方の要求には誰も応じない。あなた方は必ず殺される。われわれを殺しても何の役にも立たない」と主張して、「言ったことが正しいと確信しているか」と問われ、「はい」と答えて殺された少年は、立派に「話し合い」の道を選んだけれど、ハナから「軍事力」による一方的な蹂躙しか考えていない人間に全く有効な手段ではなかったことを証明している。
少年の行為は賞賛に値すると思うし、立派だと思う。だけども、「話し合い」という紛争解決手段の限界も感じてしまう。
結局、「軍事力」は紛争解決手段には向かないということは確かだが、「話し合い」も万能ではないということを痛感してしまうのだ。
平和主義の方々に問いたい、テロが憎むべきものであることは同意するが、ではどうやったら現実にテロを無くすことが出来るのか、「軍事力」以外にテロに対抗する万能な方法はあるのか、どうか、どうか、この世界に示して欲しい。
以前、書いたように、テロリズムを肯定している者達に対して、テロリズムを否定している者達が何を言ったところで、テロリズムは無くならない。
「軍事力」なんて無い方がいい。しかし、現実に、「軍事力」は簡単に生じてしまうし、それは軍事大国だけの問題じゃない。一体どうやったら「軍事力」を無くせるのか、「軍事力」を不要と言える世界になるのか、小生が望むのは、ファンタジーじゃなく、実現できる未来だ。
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コメント
呟く者さん
トラックバックにコメントをいただきましたので、こちらに書き込みに来ました。あなたの書かれた趣旨は分かった上で、今回の事件に関して、深く問題意識を突きつけられて考えておられることに、共感を感じて、tbしたつもりです。
ただ、問題の立て方、考えの進め方が、論理的であろうとしておられるのでしょうが、形式的かな、という感想は持ちます。
軍事力で解決できるか、話し合いで解決できるか、の二者択一でないことはもちろんですが、どちらに傾くか、それもケースによるでしょう。テロリズムは、その原因をねばり強く取り去る努力をしなければ解決できないでしょう(特にチェチェンの場合)。個々の事件については、まずはそのようなことが起きないように予防する、起きたら人命重視を基本に武力制圧を含めた現実的対応をするしかないでしょう。今回のロシアと現地自治体の対応は非常にまずかったように思えます。
投稿: アクエリアン | 2004/09/08 20:47
BigBanです。
TBとコメントありがとうございます。
自分のサイトでもコメントしましたが、こちらにもお邪魔します。
私は、こうした悲劇をなくすためには、即軍事力を廃絶しなければならないとは思っていない人間です。
長期的にはともかく、短中期的に全ての軍事力を廃絶することは世界の混乱をさらに広げると考えています。
ですから、今回のような出来事をなくすために「平和主義で即対応すべきだという人間でもありません。
有無を言わさぬ暴力に対して、力で対抗しなければならないこともあると思っているからです。
むしろ私の基本としていることは「起きていることを正しく知る」ことから全ての事象は始まるということです。
それを踏まえて聞いていただきたいと思いますが
話題にされている13歳の少年ですが、確かに彼は勇気有る行動をとったと思いますが、いかんせん、死を覚悟して圧倒的暴力で侵入したこの暴力集団に対抗するには、未熟すぎました。
ですが、このことはもちろん彼の無力を必要以上に強調するものではありませんし、また
(あるいは私の基本的立場にもかかわらず)
呟く者さんの言われるように、「話しあい」解決の無力を証明する出来事でもないと思います。
一つの悲劇ですが、やはり一つの悲劇としてこうして世界に彼の行動が報じられていますし私たちはこうして彼の行為について議論します。
それは一つの大きな意味のある行為であったと(自分の立場とは別に)思います。
ぎりぎりのところで「話し合いによる解決」の可能性がもしあったとすれば、それが絶望であったと考えるには、性急でありましょう。
いかがでしょう。
投稿: BigBan | 2004/09/09 00:59
>>アクエリアンさん
コメントありがとうございます。
>あなたの書かれた趣旨は分かった上で、今回の事件に関して、深く問題意識を突きつけられて考えておられることに、共感を感じて、tbしたつもりです。
なるほど、了解しました。ありがとうございます。
>ただ、問題の立て方、考えの進め方が、論理的であろうとしておられるのでしょうが、形式的かな、という感想は持ちます。
これはご指摘の通りです。なるべく論理的に、といったきらいはありますね。文章の書き方もまだまだ稚拙ですので、ここら辺は切磋琢磨が必要ですね。
>>BigBanさん
コメントありがとうございます。
>私は、こうした悲劇をなくすためには、即軍事力を廃絶しなければならないとは思っていない人間です。
長期的にはともかく、短中期的に全ての軍事力を廃絶することは世界の混乱をさらに広げると考えています。
なるほど、確かに、私もその考え方には賛同します。元々、私の中のジレンマも根幹はそこにあります。
>呟く者さんの言われるように、「話しあい」解決の無力を証明する出来事でもないと思います。
おっしゃるとおりだと思います。私自身、この部分は少し極論過ぎると思います。実際、私もそこまで無力だと思っているわけでもないですし。
正直、私の推敲不足でした。反省。
とはいうものの、一度世に出した言葉なので、このまま修正なしで置いておきます。^^;
投稿: 呟く者 | 2004/09/09 09:10